Eigamuroのブログ

映画は映画館で観たい。なんで? &映画や旅等に関する雑学ノート

角川春樹、映画。

角川映画、っていったら、やっぱり角川春樹でしょ!
正確には違うそうだけど。
つまり、角川春樹がトラブって角川書店グループの経営から去って以後、弟が角川書店の社長になってから角川映画(株)ができてるんであって(倒産した大映を買収したり日本ヘラルド映画を吸収合併したりして)、 角川春樹が映画を作りだした時期の制作会社は、角川春樹事務所(1976年設立)。

ともかく。
角川春樹プレゼンツの映画、ということで。
第一作は、1976年、『犬神家の一族
そもそもは、角川書店の書籍、主に文庫本の売り上げアップを狙って映画に手をだしてきた。
(つまり前年にATGでの『本陣殺人事件』(1975)に宣伝協力費として50万円出資、ついで松竹と組んで『八つ墓村』(1977)を作ろうとしたが松竹側の都合で延期になった)。
自分で作ろうと決め、翌'77年第二作め『人間の証明』では、キャッチコピーまで自分で作ったそうだ。
「見てから読むか、読んでから見るか」「母さん、僕のあの帽子、どこへ行ったんでしょうね?」
桁外れの宣伝費を投入。
これが見事に大成功した。
以後、メディアミックス路線をたどる。

1980年代に入ってからスターダム路線を創出。(薬師丸ひろ子の『野性の証明』は1978年だったが)
薬師丸ひろ子、渡辺典子、原田知世は、角川三人娘と呼ばれた。
かつての映画全盛期のスターのごとく、映画以外でのメディア露出をしなくて、角川三人娘を見たくて映画館に足を運ぶ観客を出現させた。
新進の若い監督(当時)、大林宣彦森田芳光井筒和幸根岸吉太郎相米慎二、たちを積極的に起用、 支払う演出料も破格だったそう。

'80.『復活の日』『野獣死すべし
'81.『スローなブギにしてくれ』『ねらわれた学園』、『セーラー服と機関銃』←これは、なんとキティ・フィルムと角川春樹事務所との合作だ。!!しかしこれ一本のみ。
'82.『蒲田行進曲』『伊賀忍法帳』『汚れた英雄
'83.『幻魔大戦』(アニメ)『探偵物語』『時をかける少女』『里見八犬伝
'84.『晴れときどき殺人』『メインテーマ』『Wの悲劇』『麻雀放浪記
'85.『二代めはクリスチャン』『友よ静かに瞑れ』『早春物語』 以下略。
(公開作品は一部略してます。)

まさにイケイケだった、けれども、'80年代半ばから、フジテレビが本格的に映画制作に参入、'85年に薬師丸ひろ子角川春樹事務所を退社、
'90年代に入って、『天と地と』(1990)の後の『ルビーカイロ』(1992)が興行的に失敗、これが弟との対立を生み角川家のお家騒動が勃発、角川春樹が薬物所持で捕まり(1993)、
これまでの角川春樹時代は終わった。。

角川春樹の話題性はすごかった。(けれども、当時の映画に、あの火の鳥マークのハルキ・カドカワのロゴはもはやない。角川春樹著作権を主張したようだが。。日本の音楽市場にキティの名もなくなっている。)
単なる映画制作者だけでなく、日本の映画業界に変革をもたらしたし、社会的にも時代を牽引したといえよう。
ひいては、それは才能ある監督たちの活躍の場が拡がったと言っていいだろう。


功罪相半ば。
つまりは、たいしたもんだってことでしょう。